鹿児島地方裁判所 昭和38年(わ)161号 判決 1963年9月26日
被告人 川崎徹
昭四・三・二九生 会社員
脇田修
昭八・一・二二生 無職
主文
一、被告人脇田修を判示第一の(一)、同第二の(一)ないし(三)の罪につき懲役一〇月、判示第一の(二)、同第二の(四)ないし(六)の罪につき懲役一年二月に、被告人川崎徹を懲役一年六月に処する。
一、被告人両名に対し未決勾留日数中六〇日を右各刑(被告人脇田修に対しては右懲役一年二月の刑)にそれぞれ算入する。
一、押収してある約束手形六通(昭和三七年(押)第一〇八号の一ないし六)の各偽造部分を被告人脇田修から、同約束手形一一通(同号の一、七ないし一六)の各偽造部分を被告人川崎徹からそれぞれ没収する。
一、訴訟費用は全部被告人両名の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人脇田修は商品取引所法に定める商品仲買人であるカネツ商事株式会社の鹿児島出張所長、被告人川崎徹は同出張所の商品外務員としてそれぞれ顧客との間の商品取引の受託委託証拠金の受け入れ、返戻、取引損金の受け入れ等の業務に従事していたものであるが、
第一、被告人両名共謀のうえ
(一) 同会社名義の約束手形を偽造し、割引名下に金員を騙取しようと企て、昭和三六年一二月二五日頃、鹿児島市呉服町二四番地所在の当時の同出張所において、行使の目的をもつて、ほしいままに約束手形用紙一枚に額面金五〇万円、支払地及び振出地鹿児島市、支払場所富士銀行鹿児島支店、支払期日昭和三七年二月一五日、受取人山口吉次とインクやゴム印でそれぞれ記入し、振出人欄に「鹿児島市呉服町二四 カネツ商事株式会社鹿児島出張所」「脇田修」のゴム印、「カネツ商事株式会社鹿児島出張所」の角印及び「脇田修」の丸印を押捺し、もつて同会社名義の約束手形一通(昭和三七年(押)第一〇八号の一)を偽造し、その頃同市薬師町二七四番地山口吉次方において、その妻山口イチ子に対しこれを真正に成立したもののように装い交付して行使し、同女をして右約束手形が真正に作成されたものであると誤信させ、因つて同月二九日頃同所において同女から前後二回にわたり割引名下に現金合計四六万円の交付を受けてこれを騙取し、
(二) 昭和三七年二月一五日頃同市山下町三七番地網谷きよ方において、かねて顧客森文雄から代用証拠金として受け入れ、同人の右会社に対する取引損金に充当するため同会社のため業務上保管中の日本農産工業株式会社五〇〇株券二枚、南国交通株式会社一〇〇株券三枚、三菱商事株式会社五〇〇株券一枚、トヨタ自動車株式会社五〇〇株券二枚、日本酸素株式会社五〇〇株券二枚(時価合計七五万五、五〇〇円相当)を、被告人両名の右網谷きよに対する個人的債務約五〇万円の支払に当てるため、ほしいままに同人に交付してこれを横領し、
第二、被告人脇田修は、
(一) 昭和三六年八月一九日頃、顧客野元重行から現金三七万九、一〇〇円を取引損金として受け入れ右会社のため業務上保管中、翌二〇日頃前記カネツ商事株式会社鹿児島出張所において内金二〇万円のみを同会社に入金し、残金一七万九、一〇〇円をほしいままに自己の用途に充てるため着服して横領し、
(二) 同年九月一四日頃、右野元重行から現金一一万四、三〇〇円を同人の同会社に対する取引損金として受け入れ、同会社のため業務上保管中、その頃同出張所において、ほしいままにこれを自己の用途に使用するため着服して横領し、
(三) 同年一〇月七日頃、顧客矢野俊行から委託証拠金として額面四万円と二万円の小切手二通を受け入れ、同会社のため業務上保管中、その頃同出張所において自己の用途に充てるため着服して横領し、
(四) 同三七年二月二八日頃行使の目的をもつてほしいままにまず同市山之口町六番地喫茶店「リズ」において、約束手形用紙一枚の振出人欄に「鹿児島市呉服町二四 カネツ商事株式会社鹿児島出張所」「所長」「脇田修」のゴム印と「カネツ商事株式会社鹿児島出張所」の角印、「鹿児島出張所長」の丸印をそれぞれ押捺し、ついで同時刻頃同市山下町五番地鹿児島東郵便局において同約束手形の額面欄に金二七五万円、支払地及び振出地欄に鹿児島市、支払場所欄に富士銀行鹿児島支店、振出日欄に昭和三七年二月二八日、受取人欄に山口吉次とそれぞれペンで記入し、もつて同会社振出名義の約束手形一通(同号の二)を偽造し、その頃同郵便局において前記山口イチ子に対しこれを真正に作成されたもののように装い交付して行使し、
(五) 同年三月一〇日頃、前記出張所において額面金五〇万円、支払期日、昭和三七年三月二五日、支払地及び振出地鹿児島市、支払場所富士銀行鹿児島支店、振出日昭和三七年三月一〇日、受取人山口吉次とそれぞれ記入してある約束手形用紙一枚に、行使の目的をもつてほしいままにその振出人欄に「鹿児島市呉服町二四 カネツ商事株式会社鹿児島出張所」「所長」「脇田修」のゴム印、「カネツ商事株式会社鹿児島出張所」の角印、「鹿児島出張所長」の丸印を押捺し、もつて同会社振出名義の約束手形一通(同号の三)を偽造し、即時同所において前記山口吉次に対しこれを真正に作成されたもののように装い交付して行使し、
(六) 同年四月二日頃、行使の目的をもつてほしいままに、まず前記出張所において約束手形用紙三枚の各振出人欄に前同様それぞれ「鹿児島市呉服町二四 カネツ商事株式会社鹿児島出張所」「所長」「脇田修」のゴム印、「カネツ商事株式会社鹿児島出張所」の角印、「脇田修」の丸印を押捺し、ついで同日同市下荒田町二〇〇番地今村元次方において、右約束手形三通の支払地及び振出地欄にそれぞれ鹿児島市、支払場所欄に富士銀行鹿児島支店、振出日欄に昭和三七年三月一五日と各記入し、その内二枚の各額面欄にそれぞれ金二五〇万円、支払期日欄に昭和三七年六月三〇日、昭和三七年七月三〇日と、他の一枚の額面欄に金四〇万円、支払期日欄に昭和三七年五月三〇日と各記入し、もつて同会社振出名義の約束手形三通(同号の四ないし六)を順次偽造し、即時前記今村方において、同人にこれを真正に作成されたもののように装い一括交付して行使し、
第三、被告人川崎徹は、
(一) 昭和三六年一二月一一日頃、前記出張所において、行使の目的をもつてほしいままに約束手形用紙七枚の各額面欄に金五〇万円、各支払地及び振出地欄に鹿児島市、各支払場所欄に富士銀行鹿児島支店、各振出日欄に昭和三六年一二月一一日、各受取人欄に今村元次、支払期日欄に昭和三七年一月より同年七月までの各月末日(一月、三月、五月、七月は各三〇日)をそれぞれ記入し、各振出人欄に「鹿児島市呉服町二四 カネツ商事株式会社鹿児島出張所」「川崎徹」のゴム印及び川崎徹の名下に「川崎」の丸印を押捺し、もつて同会社振出名義の約束手形七通(同号の七ないし一二、一六)を順次偽造し、即時同所において情を知つている今村元次に対し、他に割引方を依頼してこれを一括して交付し、
(二) 昭和三七年一月一〇日頃、同市山之口町六番地、喫茶店「リズ」において、行使の目的をもつてほしいままに、支払地及び振出地欄にそれぞれ鹿児島市と記入してある約束手形用紙一枚の額面欄に金五〇万円、支払場所欄に富士銀行鹿児島支店、支払期日欄に昭和三七年二月二八日、受取人欄に山口吉次と各記入し、その振出人欄に情を知らない中島キヨ子をして「鹿児島市呉服町二四、 カネツ商事株式会社鹿児島出張所」「脇田修」のゴム印、「カネツ商事株式会社鹿児島出張所」の角印、「脇田修」の丸印を押捺させ、もつて同会社振出名義の約束手形一通(同号の一五)を偽造し、同日同市薬師町二七四番地山口吉次方において、同人に対しこれを真正に作成されたもののように装い交付して行使し、
(三) 同年同月一五日頃、前記喫茶店「リズ」において、行使の目的をもつて、ほしいままに約束手形用紙一枚の額面欄に「975,000」と記入し、その振出人欄に情を知らない中島キヨ子をして前同様「鹿児島市呉服町二四 カネツ商事株式会社鹿児島出張所」「所長」「脇田修」のゴム印、「カネツ商事株式会社鹿児島出張所」の角印、「鹿児島出張所長」の丸印を押捺させ、もつて同会社振出名義の約束手形一通(同号の一四)を偽造し、同日前記山口吉次方において同人に対しこれを真正に作成されたもののように装い交付して行使し、
(四) 前同日頃、前記喫茶店「リズ」において、行使の目的をもつてほしいままに約束手形用紙一枚の額面欄に金二二万円と記入し、その振出人欄に情を知らない中島キヨ子をして「鹿児島市呉服町二四 カネツ商事株式会社鹿児島出張所」「所長」「脇田修」のゴム印、「カネツ商事株式会社鹿児島出張所」の角印及び「鹿児島出張所長」の丸印を押捺させ、もつて同会社振出名義の約束手形一通(同号の一三)を偽造し、翌一六日頃、同市下荒田町二〇〇番地今村元次方において同人に対しこれを真正に作成されたもののように装い交付して行使し、
(五) 昭和三六年一二月一二日頃、前記出張所において、森文雄、今村元次の両名に対し、真実は未集金になつていた顧客の取引損金の穴埋用に他より購入する土地代金に流用するつもりであり、約束どおり返済できる目当もないのにその情を秘し、一二〇万円貸せば三六万円儲けさせて一週間後には必ず返済する旨虚構の事実を申し向け同人らをしてその旨誤信させ、いずれも同所において翌一三日頃森文雄から現金五〇万円、今村元次から現金七〇万円の交付を受けていずれもこれを騙取し
たものである。
(証拠の標目)(略)
なお被告人川崎徹の弁護人は判示第三の(一)の有価証券偽造の点につき、同偽造にかかる約束手形七通はいずれも被告人川崎徹個人振出名義のものであるから、カネツ商事株式会社の振出名義を冐用したものではない旨主張するが、約束手形のような流通性に富む有価証券においては一層一般の信用を保護する必要があるから、行使の目的をもつて外形上一般人をして誤信せしめるに足る程度に振出名義を冐用すれば、有価証券偽造罪が成立すると解するのが相当である。これを本件について考えてみるに、前掲各証拠を綜合すると、被告人川崎徹は顧客の取引損金の穴埋資金に窮したため、今村元次を介して熊本相互銀行鹿児島支店に対し自己の住所、氏名をペン書きした約束手形の割引を依頼したところ、会社名義でなければ割引できない旨断られたので、金策上已むなく会社名義を使用して約束手形を振出すこととし、改めて判示各約束手形の各振出人欄の川崎徹の肩書欄にそれぞれ「鹿児島市呉服町二四 カネツ商事株式会社鹿児島出張所」なるゴム印を押捺したこと、そして右各記入は支払場所として富士銀行鹿児島支店という一流銀行が記入されていることと相俟つていずれも外形上一般人をしてカネツ商事株式会社振出名義のものと誤信せしめるに足るものであること、同会社は「天下のカネツ」といわれる位業界では一、二を争う有名会社であること、その後前記熊本相互銀行鹿児島支店において右各約束手形はいずれも同会社振出のものとして割引かれていることを認めることができ、以上認定によると被告人川崎徹は行使の目的をもつて外形上一般人をして誤信せしめるに足る程度に同会社の振出名義を冐用して右各約束手形を振出したものと認めるのが相当であるから、同被告人は有価証券偽造罪の責任を免れ得ないものというべきである。よつて右弁護人の主張は採用しない。
(確定裁判)
被告人脇田修は昭和三七年一月八日、鹿児島簡易裁判所において道路交通法違反罪で罰金三、〇〇〇円に処せられ、右裁判は同年同月二四日確定したものであり、右事実は同被告人の当公廷における供述及び検察事務官作成の同被告人の前科調書によりこれを認める。
(法令の適用)
一、被告人脇田修の判示所為中、判示第一の(一)の有価証券偽造の点は刑法第六〇条、第一六二条第一項に、同行使の点は同法第六〇条、第一六三条第一項に、詐欺の点は同法第六〇条、第二四六条第一項に、判示第一の(二)、第二の(一)ないし(三)の各業務上横領の点はそれぞれ同法第二五三条(なお判示第一の(二)の所為には同法第六〇条をも適用)に、判示第二の(四)ないし(六)の各有価証券偽造の点は同法第一六二条第一項に、各同行使の点は同法第六三条第一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の(一)、第二の(一)ないし(三)の各罪と前示確定裁判のあつた罪とは同法第四五条後段の併合罪であるから同法第五〇条により未だ裁判を経ない右各罪につき更に処断することとし、なお右判示第一の(一)の有価証券偽造、同行使、詐欺との間には順次手段結果の関係にあるので同法第五四条第一項後段、第一〇条により最も重い偽造有価証券行使の罪の刑に従うこととし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第一の(一)の偽造有価証券行使罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において同被告人を判示第一の(一)、第二の(一)ないし(三)の罪につき懲役一〇月に処し、次に判示第二の(四)ないし(六)の各有価証券偽造と同行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があり、且つ判示第二の(六)の各偽造の有価証券を一括して行使した点は一個の行為が数個の罪名に触れる場合であるから同法第五四条第一項前段後段、第一〇条により最も重い各偽造有価証券行使罪(判示第二の(六)は額面二五〇万円の偽造有価証券行使罪)の刑により処断することとし、右各罪と判示第一の(二)の業務上横領罪とは同法第四五条前段の併合罪であるので同法第四七条本文第一〇条により最も重い判示第二の(四)の偽造有価証券行使罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を判示第一の(二)、第二の(四)ないし(六)の罪につき懲役一年二月に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右懲役一年二月の刑に算入することとし、押収物件中約束手形六通(昭和三七年(押)第一〇八号の一ないし六)の各偽造部分はそれぞれ判示第一の(一)、同第二の(四)ないし(六)の各犯行から生じたもので何人の所有をも許さないものであるから同法第一九条第一項、第三号、第二項本文により同被告人よりこれを没収し、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用する。
二、被告人川崎徹の判示所為中判示第一の(一)の有価証券偽造の点は刑法第六〇条、第一六二条第一項に、同行使の点は同法第六〇条、第一六三条第一項に、詐欺の点は同法第六〇条、第二四六条第一項に、判示第一の(二)の業務上横領の点は同法第六〇条、第二五三条に、判示第三の(一)の各有価証券偽造の点はそれぞれ同法第一六二条第一項に、同交付の点は同法第一六三条第一項に、判示第三の(二)ないし(四)の各有価証券偽造はそれぞれ同法第一六二条第一項に、同行使の点はそれぞれ同法第一六三条第一項に、判示第三の(五)の各詐欺の点は同法第二四六条第一項に各該当するところ判示第一の(一)の有価証券偽造、同行使、詐欺との間には順次手段結果の関係にあるので同法第五四条第一項後段、第一〇条により最も重い偽造有価証券行使罪の刑に、判示第三の(一)の偽造有価証券の一括交付の点は一個の行為が数個の罪名に触れる場合であり有価証券の各偽造とその交付との間には手段結果の関係にあるので同法第五四条第一項前段後段、第一〇条により最も重い支払期日昭和三七年七月三〇日の偽造有価証券行使罪の刑に、判示第三の(二)ないし(四)の各有価証券の偽造とその行使との間にはそれぞれ手段結果の関係にあるので同法第五四条第一項後段、第一〇条によりそれぞれ重い偽造有価証券行使罪の刑に、判示第三の(五)の各詐欺は一個の行為が数個の罪名に触れる場合であるので同法第五四条第一項前段、第一〇条により重い今村元次に対する詐欺の罪の刑によりそれぞれ処断することとし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、第一〇条により最も重い判示第三の(三)の偽造有価証券行使罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において同被告人を懲役一年六月に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入することとし、押収してある約束手形一一通(昭和三七年(押)第一〇八号の一、七ないし一六)の各偽造部分はそれぞれ判示第一の(一)、同第三の(一)ないし(四)の各犯行から生じたもので何人の所有をも許されないものであるから同法第一九条第一項第三号、第二項本文により同被告人よりこれを没収し、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用する。
(無罪の判断)
被告人川崎徹に対する本件公訴事実中「被告人川崎徹が昭和三六年一二月一一日頃、カネツ商事株式会社鹿児島出張所において今村元次に対し偽造約束手形七通を真正に成立したものの如く装つて交付し、同月一四日頃同所において同人から金一二八万円を騙取した」との詐欺の点(昭和三七年九月二八日付起訴状記載公訴事実第二の一部)について検討するに、右事実中今村元次において右各約束手形が偽造であることを知らず、真正に成立したものと誤信した点を除くその余の事実はいずれも本件諸般の証拠により明認できるが、今村元次の右偽造約束手形が真正に成立したものと誤信した点についてはこれを確認すべき証拠がない。尤も第六回公判調書中の証人今村元次の供述記載部分並びに同人の捜査官に対する各供述調書中には、被告人川崎徹にカネツ商事株式会社名義の約束手形の発行権限がないことは知らなかつた、間違ない約束手形だと思つた旨の供述記載部分があるが、右供述記載は、被告人川崎徹の当公廷における供述、同人の検察官(31・8・8)及び司法警察員(37・5・31)に対する各供述調書、第六回公判調書中証人今村元次の供述記載、今村元次の司法警察員に対する供述調書(37・6・29)及び前掲各約束手形七通(昭和三七年(押)第一〇八号の七ないし一二、一六)により認め得る右今村元次はカネツ商事株式会社鹿児島出張所の大口顧客であつた関係から被告人川崎徹が同出張所の商品外務員に過ぎないことをよく知つており、且つ右今村はその仕事の関係上手形取引にも精通しているため、被告人川崎徹に右会社名義の約束手形振出の権限がないことを知らなかつたとは考えられないこと、最初右今村元次は被告人川崎徹から約束手形の割引方を依頼され、同人の氏名、住所をペン書きした個人名の約束手形七通(いずれも額面五〇万円)を受け取り、熊本相互銀行鹿児島支店において割引こうとしたが、会社名義でなければ割引はできない旨断られたので改めて被告人川崎に会社名義の約束手形を振出させたこと、その際被告人川崎は同出張所の債務ではなく、川崎個人の債務のために振出すのであるから、「所長」印を押捺しない旨のやり取があつた上、被告人川崎徹の肩書部に「鹿児島市呉服町二四 カネツ商事株式会社鹿児島出張所」のゴム印を押して該約束手形を右今村に渡したものであることなどの諸事情に照らすとたやすく信用できず、他に今村元次が右各約束手形が偽造であることを知らなかつた点につきこれを確認できる証拠はない。従つて右詐欺の点についてはその証明がないことになるが、これを判示認定の有価証券偽造、同交付の事実とは一罪の関係にあるものとして起訴されたものであるから特に主文において無罪の言渡をしない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 松本勝夫 松村利智 近藤寿夫)